今朝の産経新聞によると、政府は今月下旬召集の通常国会に「アイヌ民族に関する新法案」を提出し、早期成立を目指す方針を固めたそうです。
法案ではアイヌを「先住民族」と初めて明記し、各自治体が「アイヌ文化」を生かした地域振興や産業振興に取り組む事業をまとめ、地域計画を作成することも記載、国が事業を認定すれば交付金が受けられるそうで、「アイヌの伝統」を保護するため、国有林での林産物の採取を特例で認めたり、サケの捕獲について配慮したりすることも盛り込んだといいます。
左翼はこれに大喜びして、嵩にかかってくるでしょうが、既に11年前に「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が国会の全会一致で可決されていた以上、どの党が与党であろうと、早かれ遅かれ、アイヌが「政治的」に「先住民族」だとされることくらいは予測済みです。
しかし、いくら「政治的」に決められようと、政府や国際社会がどう言おうと、それが「真実」であるかどうかは、全く別の話です。
慰安婦は「政治的」には「性奴隷」だということにされてしまいました。
政府も、国際社会も、慰安婦を「性奴隷」として認定しています。
しかし、真実は違います。
左翼の「運動」によって「性奴隷」にされたのです。
今回もそれと全く同じことで、単に運動で「政治的」に「先住民族」にされたのであって、「学術的」には全然決着がついてはいません。
何しろ、誰も「民族とは何か?」という定義すらしていないのですから!
むしろ、「先住民族」などと明記されることで、これまで全く普通の日本人として暮らしていたアイヌ系の人が「アイヌ民族」にされてしまい、新たな差別の対象にされるのではないかと、私は懸念します。
そもそも「民族」とは、分断のイデオロギーなのですから!
「アイヌ系日本人はいるが、それは『民族』ではない」
そう言った方が、差別につながらないと私は確信していますが、運動家はその言葉を「差別だ」として封殺しようと躍起になってきました。
今後、国家が「アイヌは民族ではない」という言葉を弾圧するような世の中がやってくるのでしょうか?
しかし、どんなに運動によって歪められたことが「政治的」に決定されようと、真実は存在するのです。
そして、「政治的」な判断がどうであろうと、政府だの国際社会だのという「権威」がどう言おうと、そして、たとえ弾圧を受けようとも、真実を追求し続ける人は必ず現れます。
あとは、歴史が審判を下すでしょう。